(※閲覧注意)善光寺と金剛力士像と悪魔崇拝。

 

醜悪で下品な内容が含まれていますので、苦手な方は閲覧をお控えください。

今から数年前、私が大学生の頃、長野県にある善光寺を見にいったことがあります。一番印象に残っていたのが、善光寺の入り口にあった金剛力士像です。

今回は善光寺の金剛力士像と密教、ヒンドゥー教の繋がりについて書いてみようと思います。(トップ画像はツイッターで載せたものです)

当時は密教なんてのも聞いたことがないし、仏教とかヒンドゥー教とか宗教の歴史に興味を持つこともありませんでした。

長野に旅行に行った当時、兄が長野に住んでいたこともあり、家族で長野へ旅行に行きました。

長野県では観光名所として、善光寺と戸隠神社が有名でした。

兄に会いに行くついでに神社にも観光に行くことに。

おやきと戸隠そばも有名なのでそれを食べるのも目的のひとつでした。

善光寺の入り口には「定額山」、別名「仁王門」という門があります。

左右には、金剛力士の像。

一般的には「仁王像」といい、寺院の表門などに安置することが多いみたいです。

<金剛力士像>

この金剛力士像は密教と深いかかわりがありました。

金剛力士の手に持っているものは、金剛杵(こんごうしょ)と呼ばれ、密教の儀式で使われる仏具のこと。

金剛力士はサンスクリット語で「ヴァジュラダラ」。または「ヴァジュラパーニ」。
ヴァジュラ(=金剛杵)+ダラで「金剛杵を持つもの」という意味があります。(リンク

 

仏教は大きく分けて「顕教(けんぎょう)」と「密教」があります。

「顕教」は秘密にせず明らかに説かれた教えといわれており、「密教」は大日如来が説いた秘密の教えとされています。

<空海>

密教を日本に伝えたのは、空海(真言宗の開祖)。

空海の手に持っているものも金剛杵です。

真言密教の教典「理趣経」から「真言立川流」などと呼ばれる過激な宗派が誕生することになったそうですが、その内容には髑髏(ドクロ)が使われて、性交して真言を唱えるといったことが書かれてあります。

 

リンク

経典は般若波羅蜜多理趣品、空海が将来した所謂理趣経(りしゅきょう)で、荼枳尼天(だきにてん)を拝する。

本来仏教では性交は不淫戒で誡められているが、密教では瑜伽タントラの理趣経や多くの無上瑜伽タントラによって肯定されており、性交を通じて即身成仏に至ろうとする教義解釈がある。

ただし、日本には瑜伽タントラまでは多く伝わっているが、具体的に性交を論じた無上瑜伽タントラは部分的にしか伝わっていないため、立川流を除く多くの密教では性交には否定的である。(註:今も言ったように、これは真っ赤な嘘ですね。)

特に髑髏本尊は大頭、小頭、月輪行などの種類があり、この建立に使われる髑髏は王や親などの貴人の髑髏、縫合線の全く無い髑髏、千頂といって1000人の髑髏の上部を集めたもの、法界髏という儀式を行って選ばれた髑髏を用いなければならない。

(註:突然、ドクロが出てきて困惑します。要するに、ドクロ(死体)がなければこの「立川流」は成立しないわけです。カタコンベにドクロが集められたのも、やはりこのような儀式を行うためだったのでしょう。詳しくはこちら)

こうして選ばれた髑髏の表面に性交の際の和合水(精液と愛液の混ざった液)を幾千回も塗り、それを糊として金箔や銀箔を貼り、さらに髑髏の内部に呪符を入れ、曼荼羅を書き、肉付けし、山海の珍味を供える。

しかもその行の間絶え間なく本尊の前で性交し、真言を唱えていなければならない。(註;まさに気が狂っていますね。これを悪魔崇拝と言わずして何と言えばいいのでしょうか。)

こうして約7年間もの歳月を費やして作られた髑髏本尊はその位階に応じて3種類の験力を現すという。下位ではあらゆる望みをかなえ、中位では夢でお告げを与え、上位のものでは言葉を発して三千世界の全ての真理を語るという。

しかし、この淫靡な儀式の奥には別の真実が隠れている。理趣経は本来男性と女性の陰陽があって初めて物事が成ると説いている。この儀式に7年もの歳月がかかるのは、その過程で僧侶とその伴侶の女性が悟りを得ることがその目的だからであり、そうなればもはや髑髏本尊など必要なくなってしまうのである。

立川流の真髄は性交によって男女が真言宗の本尊、大日如来と一体になることである。この点において、「女性は穢れた存在であり、仏にはなれない」と説いていた既存の宗派と異なる。

----------------(転載ここまで)

何が何だかよく分かりませんね。果たしてこれを宗教と呼んでいいものなのでしょうか。もちろん、これは宗教ではなく、紛れもない悪魔崇拝です。

もっとも、この「立川流」は表向き、その余りに過激な内容のせいで江戸時代に断絶したということになっていますが、ウィキペディアにははっきりと「その独特の教義は仏教の各派に多くの影響を残し、後の日本の密教思想の形成の大きな遠因となっている。」と書かれてあります。

 

私はRAPTBLOGで密教が悪魔教だということを知りました。そもそも密教自体知らなかったのですが。

〈閲覧注意〉日本の密教もまた悪魔崇拝そのものです。

ちなみに奈良県の「東大寺」には盧遮那仏(るしゃな)大仏があります。よく「奈良の大仏」といわれていますが、修学旅行などで一度見に行かれた方もいるのではないしょうか。

この東大寺では密教の経典「理趣経」が今でも唱えられているそうです。

 

リンク

空海が東大寺に与えた影響は現代まで受け継がれてます。
大仏様の前で毎日あげられている経は、華厳の経ではなく密教経典のひとつである「理趣経」だそうですし、僧としての初等課程において「四度加行」とよばれる密教の修行が必須の修行として今なお行われています。

 

それから上の写真に写っていますが、金剛力士の周りに柵があります。これは金剛柵ともいうそうです。理由は金剛杵に似ているからだそうです。(これはヒンドゥー教のリンガにそっくりなのです。下の方に後述します。)

この金剛杵は、古代インドの神々が持つ武器で、 この武器を「煩悩を打ち払う菩提心(ぼだいしん)」のシンボルとして密教法具に取り入れられたそうですが、、

もう少し詳しく金剛杵について調べてみると・・・

 

リンク

ドルチェ(金剛杵)

そして、ここには密教などでよく使われるドルチェがあります。バジュラともいいます。日本語では金剛杵(こんごうしょ)といいます。これが男性性器と女性性器の結合を象徴するものです。そうすると、ここでは知識と性エネルギー昇華と意志の力が表されています。誰でも性エネルギーは持っています。そして、その知識も今受け取っています。そうすると、この3番目の力である意志、皆さん一人一人の意志の力によって結果が異なります。それによってドラゴン、竜に勝つことができます。

 

また密教には「灌頂(かんじょう)」とよばれる儀式の中に「秘密灌頂」があり、それには金剛杵が男性器と書かれてありました。

 

◎本人の修行の核心

灌頂といえば、なんだ儀礼かと思いがちであるが、後期インド密教の影響の強いチベット密教では、灌頂に行の核心が見られる。

チベット密教では、一般に四つの灌頂を立て、
1.
瓶灌頂
(行者に目隠しさせて曼荼羅上に華を投げさせて、本尊を決める云々)
2.
秘密灌頂
(行者がマスターに若い女性をプレゼントし、マスターは彼女とセックスし、金剛杵(男性器)の中に蓄えられていた菩提心(精液)を取り出し、弟子の口中に投入する。これによって弟子に菩提心を植え付けると観想する)
3.
般若智灌頂
(行者がマスターから与えられた女性とセックスし、射精せぬままで、菩提心の上昇と下降により四歓喜を得る(四歓喜については快感の段階的高まりとみる説と、死における意識の解体の4段階とみる2説がある))
4.
第四灌頂
(マスターが行者に特別なサジェスチョンを与える)

四つならんでいるが、行者自身による行は、般若智灌頂だけであり、悟りは、他人によって惹起できぬことが知られている以上は、1,2,4のマスターによる行者への働きかけをことさらに灌頂儀礼として残しているのは、後に思い当たる人物が出ることを想定しているからだろうか。

よって、チベット密教の本人の修行の核心は、般若智灌頂と考えられるように思う。

性器とか、精液という文字が使われているが文字通りにとることはできない。秘密集会タントラなどでは、文章中に糞尿のオンパレードであり、明らかに世俗世界のことではないことを強く印象付ける書きぶりだからである。20世紀のオカルティストが、金星だ、土星だ、異星人だと、そういう言葉で異次元のことを語るように。

 

かなり醜悪な内容です。初めて密教を知った時は黒魔術とかオカルト儀式でもやってるの?と思ってしまいました。まさに悪魔教です。

「密教」とは、余りに奥深い教えであるがために、人前で容易に明らかにできない教え、とされているようですが、こんな下品な内容であれば表に出せませんよね。

秘密集会タントラとは、後期密教の経典だともいわれています。

〈閲覧注意〉チベットは悪魔崇拝の聖地です。

 

あと「仁王像(金剛力士像)」の背後右裏には、火のかまどの神として「三宝荒神」が祭られてあり、

 

左裏には大黒・弁財・毘沙門の各身が合体した「三面大黒天」があります。

調べてみると、この三宝荒神も金剛杵をもっていました。右の第一手に独鈷杵(どっこしょ)、第二手に蓮華、第三手に宝塔、左の第一手に鈴、第二手に宝珠、第三手に羯磨(かつま)(二つの金剛杵を十字状に交差させたような形状の仏具)よばれる密教の法具を持っています。

この「大黒天」はヒンドゥー教(インド)の神、シヴァ神のことです。日本では七福神の一人として登場します。

<大黒天>

この「大黒天」の形は「男根」を象徴しているそうです。

この世の神はとかく悪魔だらけ。ヨガ、アセンション、アガルタ関連の話には要注意です。

大黒天は後ろに袋を持っているのですが、これもまた、子宮の象徴ともいわれていますね。

調べるとこんなものもありました。

<リンガ>

ヒンドゥー教の多い地域でよく見る「リンガ」というのがあり、これも男性器をかたどったものだとされています。(詳細リンク

この「リンガ」とよばれる男性器をかたどった彫像が、インドでは「シヴァ神」、「シヴァ神の持つエネルギーの象徴」と考えられ、人々に崇拝されているとのこと。(「リンガ」はサンスクリット語で男性器を意味する)

 

最初の仁王像(金剛力士像)の写真にも写っている金剛とそっくりです。仏教も密教もヒンドゥー教も多くの接点があります。

こういったものを「生殖器崇拝」と呼ぶそうで、調べてみると日本でもこういった生殖器崇拝が47都道府県全てにあるようです。知らなかったのでかなり驚きました。

生殖器崇拝(性器崇拝)とは?(閲覧注意)

お祭りもあるみたいです。どんつく祭、ほだれ祭・・・。(検索注意)

私は小さい頃から、漫画やアニメの影響をかなり受けて育ちました。なので社・お寺というものが神聖なものだと認識していました。
でも一気に一変しましたね。。。下品なお祭りが日本にあることにも驚きです。

そしてこの「大黒天」はニコニコして優しそうに描かれることが多いですが、また恐ろしいエピソードがありました。

大黒天はサンスクリット語でマハーカーラといい、人間に力を与える代わりに代償として人間の血肉を捧げさせていたそうです。

 

憤怒の神から庶民信仰~大黒天

大黒天といえば顔に笑みを浮かべ、打ち出の小槌を持ち、肩に袋を担ぎ

米俵に乗っている姿をした七福神の一つだ

大黒天と言えば日本的な感じもするがルーツをたどると

もともとインドの神様なのである

しかも福の神ではなく憤怒の魔人だったのだ

大黒天のインド名はマハーカーラと言い

その名のとおりブラックホールのようにすべてを

呑み込み無にしてしまう暗黒破壊神シヴァの一化身であるとされる

マハーカーラは髑髏の首飾りをし、手には剣を持ち、三眼の目を持ち

3つの顔、6本の腕を持っている

密教的には人間を食ってしまう悪魔をこらしめるために大日如来が

憤怒の形相を表した姿とされる

今日の柔和な大黒天とは似つかない恐ろしい姿をしているのである

この大黒天にはおどろおどろしいエピソードもある

昔、シャマシャナというところに死体を捨てる林があり

夜になると無数の鬼神を引き連れた大黒天がめぐり歩いていた

そしてその不思議な力を借りようとする人間と取引していたのだ

なんとその代償は人間の血肉であり

その血肉に応じて延命長寿の薬や体を透明にする秘薬を与えていた

ここで取引をする人間はしかるべき修法で身を加持しなければ

血肉だけ奪われ何も得ることが出来なかったという

日本に大黒天信仰が入ってきたのは平安時代らしい

そして神仏習合が進み、日本古来の神である大国主命(おおくにぬしのみこと)

と同一視されるようになったのである

理由は大国がだいこくと読めるからである

(個人的にそんなんで一緒にしていいのかと思うが)

そしてインドでも日本でいう室町時代頃には

憤怒の神であった大黒天は福の神とみなされるようになリ庶民に親しまれる

ようになった

大黒天を祀ることにより家が栄え、商売が繁盛するという

だが密教的にはこのおどろおどろしいマハーカーラの像を用意しなければならない

それをしかるべき所に安置し、供物、香などで供養し

大黒天呪を静かに唱える

(註:大黒天呪とは大黒天真言(マントラ)のことで、密教の真言のことです。)

これを3年間ひたすら続けると柔和な大黒天が現れ

その家は栄え何事も上手くいくという

 

マハーは「大いなる」とか「偉大な」という意味があり、カーラは「黒」「暗黒」という意味があるそうです。だから大黒天。

福の神ではなく、元々は憤怒の魔人だったようです。

 

道端にあるお地蔵さんや石像などをたまに見かけますが、こうったものも道祖神(どうそしん)と呼ばれていて、これも生殖器崇拝といわれています。

RAPT|魔術のいけにえで5歳男児を斬首したインドの事件は、我々日本人と全く縁のない事件ではありませんでした。

私たちが知らないだけで、周りにはそういったものがあふれているようです。

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